安心して働ける歯科医院の取り組み 医療法人さこだ歯科医院 伊黒香織さん

  • 歯科医院インタビュー
伊黒香織さん

伊黒香織さん

所属学会

日本歯周病学会
日本臨床歯周病学会

経歴

1994年 歯科衛生士取得後一般開業医に勤務
1996年 さこだ歯科医院勤務
2015年 医療法人さこだ歯科医院理事就任
2017年 個人事業開設 デンタルマネジメントオフィス(DMO)
2020年 株式会社さくら設立

2015年より医療法人の理事となり、医院運営、マネジメントに従事する。

2017年に個人事業デンタルマネジメントオフィスを立ち上げ、セミナー講師、歯科医院を対象としたコンサルティングを行う。

2020年2月より株式会社さくらを設立し代表取締役として創業。
技工所の運営、滅菌センターの運営、コールセンターの運営、歯科医療に関わるコンサルタント、スタッフ教育、スタッフ研修、歯科衛生士実務研修などの人材育成に関する業務を行う。

マニュアルの重要性

医療法人さこだ歯科医院はH8年に開業しまして今年で24年目を迎えます。

さこだ歯科医院が開業して間もなくの頃入社した私ですが、約20年前の時代で考えますと女性スタッフが長く働ける環境づくりに力を入れている歯科医院は少なかったと記憶しています。さこだ歯科医院もその医院の中の一つで、女性が働きやすい環境とは程遠く、残業は当たり前、有給も取れない、育休制度もない状況でしたから、歯科医院で働き続けることに漠然と限界や不安を感じていました。スタッフにとって先の見えない労働環境はとても不安が大きく、離職の原因につながる要因の一つであることを自分自身も経験して感じていたことでした。

様々な事象を体験し勤務医をはじめ、女性スタッフ全ての職員の働き甲斐や働く環境、働き方、教育、評価制度など、多くのシステム構築に長年取り組んできまして、その一つ一つの取り組みをマニュアル化して教育を行い、評価制度の見直しなどを行っていきました。しかしながら、取り組みを進めていきますと、マニュアルが散在していて使いにくかったり、作成したスタッフの好みのビジュアルと表現で作成していたため統一性がないものになっていたり、マニュアル更新についてのルールを定めていなかったことで旧マニュアルと改変したマニュアルが混在していてマニュアルを探すのに時間がかかるなど、マニュアルを多く作成したことでの課題に直面してきました。

またマニュアルは、作成して運用ができて業務を標準化しPDCAサイクルを回し、検証しながら業務精度を上げることが重要だと認識していました。このことに気づけたのはMID-Gというグループの経営、学術の勉強会に参加したことでした。このように変化を重ねることでマニュアルに意味を持たせることができ深みが増したと思います。

MID-Gでの学びを活かし、さこだ歯科医院にある莫大な数のマニュアルを仕分けし、現在では、教育や人事評価、就業規則など、項目ごとに整理された価値のあるマニュアルへ変化しました。

マニュアルを作成する上で着目した点として、スタックしている業務を書き出すことでタスク整理を行うことです。例えば、

  • 患者さんが多いために現場が回っていない
  • 人手不足で対応ができなくなっている
  • 個々の能力不足で仕事が止まっている

など、必ず医院単位でボトルネックになっていることがあると思います。問題点が分かれば、あとは、院内から労働力や知識を集めるなどの解決策につなげられてスタックしていた業務は必ず流れ始めます。

スタックしている業務はないか、何がボトルネックになっているのかを見つけることから始めてみるのもいいかもしれません。私はこの作業を行う際は現場の意見を尊重しています。現場、役職ごと、エリアごとに問題点は変わってきますので任せるようにしています。

ともかく、今からマニュアルを作成される場合は考えが熟していようがいまいが、出来栄えがどうかなど考えずに、まずは形にしてみることだと思います。この行動を起こすと周囲から具体的な反応が起こります。その反応をみながら修正、運用を繰り返す中で求めていたものが固まってきて今では仕組み化されました。

一方で、マニュアルや人の働きにこだわる必要はなく、歯科医療には装置産業に対する考え方も重要で、ICTに任せるという方法もあります。業務のどの部分をICTに任せるかを考えていく必要も今後は更に大事になってくると思っています。

法人が取り組むスタッフが安心して働ける環境づくり

スタッフマネジメントにおいては分析の視点を強化していく必要があると考えます。
分析するうえで大事な視点が、運営の視点と業務の視点だと思います。
運営の視点で一番大事なのは損益管理の観点が大事で部分最適ではなくて全体最適で損益を管理していくことだと考えています。

業務の視点では、スタッフの潜在的な能力を発揮させて成長させるというものがあります。成果に至るまでの問題を明確にしてスタッフとともに認識を共有していくことが大事になります。

日々の実践の中で、何をどのタイミングでどのように分析するのか、それぞれのノウハウを発展させていくことが大事だと思います。

特に経営方針や戦略、今後の歯科医院の方向性に関わる判断は必ず院長先生自らが行うことが望ましいです。ここしばらく、歯科医療提供体制の維持に必要なことは、歯科医院の精度向上、安心して働ける環境つくりだと法人として考えており、そこには組織の構築が必要だと考えています。組織の構築と共にタスクシフトを行って業務を標準化することが出来たら生産効率も高めていけるということが実践する中で分かってきました。

生産効率が上がると患者様にとってより良い診療を提供できる設備投資ができますし、スタッフの福利厚生も充実してきて働きやすい医院になります。そこで、当医院では職種を問わず全員がマルチタスクをこなせるようにし仕事のフォローをしあうことで効率性を高めています。これがチーム医療ではないかと思います。

タスクシフトの例を挙げますと、臨床については診査、診断、治療は歯科医師の仕事でこれは歯科医師以外にシフトできませんが、問診や説明、次回の予約、カルテ作成補助などはスタッフに任せることができます。

さこだ歯科医院ではスタッフ全員のタスクの書き出しを行っています。
1日のタスク、曜日ごとのタスク、1週間のタスク、年間のタスクと分類分けしています。全スタッフのタスクを書き出して見える化して、こうした事実をベースに話し合うと運営サイドとしてはスタッフの仕事の重点の置き方や時間配分、その他業務に関する問題が見えてくると思います。
その場で認識違いを伝えながら、是正を促したり自発的な仕事が患者サービスの充実につながっていることを知ったりできます。これらをもとに仕事への満足度を把握しながら新たな仕事を渡し、挑戦を促しています。

なぜこんなことをするかというと、タスクシフトは一方的にやってもうまくいかないからです。『やらされ感』を払拭するには挑戦しようという気持ちと納得感を持ってもらわなければならず、そのためにはスタッフがどんなことに関心を持っているのかを把握しておくことが大切です。

タスクシフトは仕事を受け取る側のモチベーションが必要ですが、評価を通じて貢献度や成長を実感できる仕組みです。
逆に失敗してしまうことは、仕事を渡されたスタッフだけが忙しくなってしまうケースです。モチベーションを維持するためには全体の標準化、全体最適につながるタスクシフトでなければ長続きできません。

また、タスクをルーティン化できれば準備の時間が短縮できるのでスタッフの労力が少なくてすみます。小さな成功体験を積み重ねることで現場はモチベートされます。
このようにタスクを書き出しスタッフの行動と連鎖していくと業務改善に向けたPDCAサイクルも回していけると思います。

タスクシフトに関する評価に関して注意する点は、スタッフ全員が『患者さんのため』という気持ちを持っていますから、こうした気持ちに配慮する必要があります。患者に寄り添うのと同時にスタッフに寄り添うことも運営サイドとして必要なことだと思います。